「死を考える」は縁起の悪いことじゃない
昨今の日本(だけではないですが)は「死ぬのはいけないことと思わされている」と感じます。
特にコロナ禍の時は顕著で「コロナにかからないためなら死んでもいい」という風刺が生まれたくらいです(これはメディアの煽りでそう思わされた人が多かった印象、この頃から私のメディア不信が強くなりました)。
人間に限らず、生きているものはいつか必ず死を迎えます。諸行無常のこの世で唯一の「絶対的事実」です。
ということは、この人生も遅かれ早かれ終わりを迎えるのが決まっているのですから、それを「悪いこと」と捉えて逃げてしまうと、悲惨な最期を迎えかねないと危惧を強めています。
理想の最期を決めることで選択の迷いが減る
私のパーソナルトレーニングのコンセプトは
医療に任せない、介護に頼らない人生を!
つまり、人生の終焉に目標を定めた心と体作りをメインの商品?にしています。
医療・介護にかかるとは「人生を人任せにすること」。つまり生殺与奪の権を他人に握られてしまうのです。(ただし必要な医療・介護は否定しません)
私自身が、最期まで自分の意志で食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み、行きたいところに行かれるように、と過ごしています。というお話をすると「私ももちろんそうしたい」という方が大多数なので、日々の選択の参考になるような情報をお伝えしたいと考えています。
健康も病気も人間関係も(笑)一朝一夕で作られるものではないので、「今日の選択が5年後10年後の自分を作る」、そのための知識があれば、毎日の選択(食事や運動、医者にかかるかどうか、旅行に行くかどうか、喧嘩するか我慢するか🤭、など)の迷いがなくなってくるのかなと思います。そんな情報を発信しています。
先人の死は私たちにヒントをくれる
兄弟が少なくなって親戚の数が減ってきていること、病院や施設など「家以外」で亡くなる人が大半であることなどから、おそらく数十年前よりも「人の死」が身近でなくなってきていますよね。
親や近親者が亡くなる時には、残された人たちに必ずメッセージを残してくれています。それは言葉に限らず、生き様・死に様、目に見えない空気感かもしれません。受け取る私たちの解釈次第ですが、未来に向けてのヒントをくれるものだとかんじています。
身内で亡くなった方がまだいない場合は、本を読むといいですよ。本には先人の知恵がギュッと詰まっていますから。
※私事ではありますが、先日 主人の父が亡くなりました。葬儀準備から実施、その後の諸手続きなどを間近で見させてもらって、きちんと身辺の整理をしておくことの重要さを目の当たりにしました。義母・実両親はもちろん、自分たちのこともしっかり考えておかないとね、と話し合ういいきっかけになったと思います。
今は必要な情報が全てネットで手に入る便利な世の中になりましたが、一昔前はもっと煩雑だっただろうな〜と、思うと、ありがたい限りです。ネット社会に感謝❗️
