↑これは私の座右の銘なのですが。
先日、神様にお祈りをしたのに「人事を尽くさなかった」ことから気付いたことがありました。
有明山(ありあけさん)神社
というお社があります。
有明山神社…ご祭神が手力雄命(たじからおのみこと)・八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)・天照大御神・天鈿女命(あめのうずめのみこと)など、主に「天岩戸神話」に関わった神々。
旅2日目の夕方、前日の雨雲と違って薄雲の空だったので、露天風呂入浴中に神社の方に手を合わせて
「夜にはこの雲を払って、星空を見ながらお風呂に入れること、願いを叶えていただきありがとうございます」
と、予祝(あらかじめ祝うこと・感謝を伝えること)をしていたのですが…
夜、諸事情により夜中までスマホに振り回される羽目になり😅予祝を忘れて寝てしまったのです。
おそらく、手力雄命は雲を払ってくださっていたことでしょう。でも、私が露天風呂に行かなかった(人事を尽くさなかった)から星空を見ることは叶いませんでした。
数年前に「祈り=意宣り(いのり、自分の意を宣言すること)」と知ってから、神社で手を合わせる際には「願いが叶ったていで神様にお礼を伝える」をしていました。予祝という言葉を知ったのはその後ですが、この「意宣り」が、記紀神話に出てくる「誓約(うけい)」と同じだな、ということで、神社に意宣りを捧げることなど色々腑に落ちていました。
叶えるためには、本人がそれに向けて行動を起こす必要があるのです。
願いが叶うような行動をした上で、本当に叶うかどうかは天の采配。それこそがまさに
人事を尽くして天命を待つ
だなぁ、と。ただ祈るだけでは願いは叶わない。だからといって、バチが当たったりはしていないのです。「願いが叶わない」という結果が出るだけ。
神社で意宣りを捧げるようになってから、私の人生はとても良い方向に進んでいます。それまでのように「漫然と時間を過ごす」ことが減り、人事を尽くすようになったのですね、きっと。
星空を拝むことは叶いませんでしたが、
大小に関わらず、希望や目標を持つ大切さはここに繋がるんだ!
ということに気付けた出来事になりました。
先月読んだ「易経」の感想でも似たようなことを書いていました。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。
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