最近読んだ本に、万葉集の和歌の解説がありました。
小墾田(おはりだ)の板田の橋の壊れなば桁(けた)より行かむ戀(こ)ひそ吾妹(わぎも) 作者不明
大雨や洪水によって小墾田という地名の橋の床板が流され、橋の横木、桁だけが残っている。この川の向こうに愛しい人がいる、だから川に落ちないように気をつけながら、残った橋桁をそーっと渡ってあなたに会いに行くよ。
万葉集といえば、今からおよそ1300年前の奈良時代に編纂された日本最古(=世界最古)の歌集です。この頃は恋人に会いに行くのも大変だったことでしょう。それでも、会いたい気持ちが人を動かしていたのだなぁ…
考えてみると、今は交通手段も充実していて長距離移動もあっという間にできますが、電車や自動車が一般的ではなかった時代はもちろん飛行機もなく、長距離でも数日かけて大移動をしていたわけです。
文明の利器が“物理的距離”を“時間的”に大幅に縮めてくれましたが、逆に「いつでも会える」という意識が働いて、大切な人との“心理的距離”が遠ざかっているしまっているような気がします。
会いたい人に、会いに行けていますか?
数年前、近所に住んでいた大好きな友達が「教員を辞めて介護職のパートになったよ」と年賀状をくれました。その頃の私はトレーナーの仕事が楽しかったり(息子たちの反抗期に対抗したり笑)して、家にあまりいなかったのですが、そんな色々がひと段落して時間の都合がつけやすくなった頃に「そろそろ会いたいね!」という年賀状を出したら…
妻は昨年、病により亡くなりました。
という喪中ハガキがご主人から届いて。
やってしまった。
気をつけていたのに、ついつい「近所だし」「まだ現役世代だし」「いつでも会えるし」と先送りしてしまっていたんですね。前年にも身内の喪中だったりして近況連絡もなかったので、病気にかかっていたことも知らないままでした。
この出来事があってから、ますます毎日真剣に
会いたい人に会いに行く
予定を立てています。時間がたいして取れなくても、顔を見られるだけでもいい、という大切な人たちが私にはたくさんいるので😊「疲れてる」「忙しい」そんな自分の都合は天秤にも載らない、だって会っておかないと後悔するから。
自分の体が不自由になったら、自分からは会いに行けなくなり、会いに来てくれる人にしか会えなくなるのです。いつまでも動き回れるように心と体メンテナンスして過ごさなきゃ。いつまでか?死ぬまで、です❗️
どんなに精一杯過ごしても、最期の振り返りで「もっとできたんじゃないか」と思うのが人間の性のようです。悔いを残さない毎日のために、会いたい人には会う日の約束を(できれば時間と場所も)すぐに決めてみてください。決めれば、あとは実行するのみ。
ちなみに私、ここ数年は毎年「行きたい・やりたいリスト100」とともに「大事な人・こと・物リスト」も作成しています。毎日に追われるとつい、後回しにしがちになるので。たまに見返して「この人に最近会えてない!」と思ったら約束を取り付けています。←嫌がられたらやりませんよ🤭
