最近読んだお坊さんの本に
『人生は未意味である』
とありました。
この言葉を見たとき、学生時代に一生懸命人生の意味を考えてたのを懐かしく思い出しました(笑)。学校・勉強の意義、お金を稼ぐこと使うことの意義、もっといえば自分の存在意義を考え、悩んでいたなぁ。
その頃に答えは出せませんでしたが今はなんとなくわかった気でいます。でも、人生の意味を本当に理解するのは
人生最期の瞬間
とも思っています。
“真実”は変えられる
事実(起こったこと)は変えられないけど、捉え方(自分にとっての真実)は変えることができるのです。私の経験で例えると
①学生時代、数年分のアルバイト代を貯めて買ったスクーターを盗まれた
②1年後、諦めて2台目のスクーターを購入した店で主人と出会った
①の時点で私は絶望して死にたい気持ちになりました。文字通りしばらく泣いて暮らしていたと思います。
②の時点ではまだ、新しいスクーターを手に入れただけですが、そこからさらに数年後に結婚が決まった時に
「①の出来事はこの伏線だったのだ」
と、死にたい気持ちになった出来事の捉え方を変えることができました。
人生は幸せになるために用意された時間
事実(出来事)には本来、良いも悪いもないのです。捉え方によって良くも悪くもなります。人間には心があるので、目の前で起こったことに対して「良かった」「悲しかった」「悔しかった」など、色々な感情が現れますが、それを後から変えることもできる、ということです。悲しみのどん底に落ちても、人間の「幸せになろうとするパワー」はなくならないのです。
後悔がある人は人生最期の答え合わせで「全て良かった」になるよう、過去の出来事の捉え方を見直してみてください。捉え方の変換が得意な第三者(私😆)に頼るのもアリですよ♬
参考記事
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